■東京電力「事故調査調査最終報告書」に見えてくる何か
2012年6月20日に
東京電力は「
事故調査調査最終報告書」を公表した。
事故調査最終報告書は本編が352ページの分量となっている。世界的な事故を起こしたにしては、多いのか少ないのか分からない。
例えばシステム開発でバグを出し、お客様に大迷惑をかけたときの「最終報告」などでは100ページくらいのものを書いた記憶はある。
それは、いいとして結局、今回の福島第一原発事故では何が原因であったのだろうか?
■事故の原因は想定を超える津波
同報告書では、社員600人からの聞き取り、データの解析、事故後の対応などの検証を行っている。
しかし、結論は中間報告書と変わらず、「
想定外の津波が来たからです」というものだ。
この津波に関しては、本当に想定外であったのか?
2011年8月25日の読売新聞は、東京電力が
15メートルの津波を予想していたとする記事を報じている。
今回の資料では国に報告し認定された試算のみを上げて「
想定外」強調する内容になっている。
■事故後の対応は?
事故後の対応に関しては「想定外」の津波に襲われた中で、最善を尽くし基本的には大きな問題は無かったとしている。
政府の事故調査・検証委員会の報告書で指摘された「非常用の冷却装置の操作が不十分だった」という点については認めている。
しかし、現実的に対応するのは困難であり、「想定外」津波の前では些末な事にされている。
そして、政府に対しては現場への無用な介入により混乱を招いたとして、逆に批判を行っている。
■何を反省し何を変えていくべきか?
人間はミスを犯すのである。そして人間が作った組織もミスを犯す。機械も完ぺきではない。ソフトウェアなど信用できない最たるものだ。
不完全な人間。ミスをする人間に出来ることはミスをしたときに
何を反省すべきかというポイントだけはミスしてはいけないということだ。反省点をミスすれば、絶対に同じようなミスを犯す。
原子力関係の専門家からも今回の報告書については異論が出ているのである。
本当に「想定外」の津波が原因であり、その対策でいいのだろうか?
■1冊の本を思い出す内容
個人的には、今回の件は「
日本陸軍「戦訓」の研究-大東亜戦争期「戦訓報」の分析」という本を思い出す内容である。
image from
Amazon旧帝国陸軍は、よく過去の失敗に学ばない例として出される。しかし、この本問題はそのような単純な話ではないことを教えてくれるのである。
情報を分析し、米軍に対する対策を研究し「戦訓報」にまとめても、陸軍内の実験を握っている「作戦課」がそれを握りつぶすのだ。
明確な原因分析を行い作戦ミスを指摘、責任の追及を行えば、結局その責任は天皇にまで及ぶ。また、ミスを認めることはその個人のキャリアに傷をつけることになる。
帝国陸軍は無能ではないのだ。分析はできるのである。しかし、組織として公的に出てくる結論は全く違った分析であり、対策になってくるのである。
東京電力、原発ムラなどの共同体全体にも、旧帝国陸軍と同じことが起きているのではないか?何かを守るため。何かを傷つけないために、不可抗力の「想定外の津波」という原因で収束しようとしていないか?
「原発安全神話」は「原発なしでは電力供給できない」に変わり、経済性が新たな神話になるのだろうか?
そのような組織の力学が働いているのではないかという思いが頭をよぎったのである。
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naka773】
福島原子力事故調査報告書の公表について|プレスリリース|東京電力
http://www.tepco.co.jp/cc/press/2012/1205628_1834.html東電、15m超の津波も予測…想定外主張崩れる : 科学 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
http://www.yomiuri.co.jp/science/news/